
上の写真との共通点は標準ズームであること、それだけ。でも、標準ズームはとても便利、とても夢がある。そんな話を初めて使ったニコンレンズシリーズE36~72mmから始めていきます。
◆ズーム、といえばシグマ
私がまだ青臭く、キャノンのFTbに50mmf1.4をつけてプラモデルだけを撮っていた頃。私の友人は野球部の活動の様子をリコーサンキュッパで撮っていた。
練習風景とか、友人のそのまた友人が試合で三振しているところとか。それをショーがねえなって表情で見ている野球部顧問の顔とか。
そのときに彼がつけていたレンズがシグマの75~150mmのレンズだった。
なので、何も知らなかった私はズームレンズというのはシグマというメーカしか作っていないと思っていた。そしてまた、画角が2倍も変わるなんてすごい! なんたって2倍! 羨ましいなあ。
単焦点をいろいろ持ち歩かず一つで済ますことができる。そんなことではない。
ただ単にモノとして、普通のレンズの機能であるピントをいじる露出をいじるの他に、「撮る範囲を変えれる」このマルチ感に憧れたものだった。
そう、FTbの硬派すぎる思想、例えばシャッター速度が遅いとファインダ内にいきなり赤帯がたれさがるという機械式手ブレ警告方式(であったのに気づいたのはだいぶ後)とかを見ていると、「何でも出来ますよ」というC調言葉ふう機能に惑わされてしまうのだった。
◆実現:マルチパーパスな組み合わせ
自分で買う最初のレンズは標準ズーム、ニコンレンズシリーズEのF3.5 36~72mmと決めていた。
ブラックのニコンFGと一緒に「安さ爆発!!」カメラのサクラヤで購入しました。
この組み合わせにする時にまず気にかけたのは重さ・大きさ。とにかくFTbは持っていて手がプルプルするので、「軽く小型の一眼レフ」が欲しかった。
この仲間は当時あらゆるメーカーから発売されていて、ドレを選ぶかのもう一つの尺度がマルチ感であった。いろいろ出来そうな感じ、というのが大事であった。
いろいろとは言っても、当時はフィルムを扱うゆえにホワイトバランスを撮影時にカメラ側でいじる発想も無かったし、一眼レフの自動焦点や手ブレ補正については夢のまた夢であった。じゃあ、何がいろいろなのか。
①おニューな自動露出機構 ②巻き上げ自動化への対応 ③ストロボのバウンス撮影自動調光 ④グリップが付いている であった。
ニコンFGにそれぞれをあてはめると、①プログラム露出の搭載 ②外付けオートワインダ ③TTLストロボ調光対応 ④取り外し可能なグリップ。全て満たしていた。
まあ、ミノルタXー700やキャノンAE-1プラスプログラムなんかも④を除いたら満たしていて、しかもX-700はFGにはないファインダー内絞り表示なんがかあった(しかもそれが撮影にはとても大事なことが後になってわかる)。
今思うと 結局デザインの好みで選んだだけかもしれない。プリズムを中心にしてボディの右側と左側の長さがアンバランス、そこがカッコインテグラであった。
最初にカメラが決まってしまうと組み合わせるレンズはニコンかシグマに限られる。
タムロン、トキナー、トプコン、オオサワといった交換レンズメーカはボチボチその名前を知ってはきていたが、触ったことも覗いたこともなかったのでニコンかシグマ。
そして、50mmを挟んで2倍もの画角をカバーし、且つ自分にとってカッコ良いという理由でニコンレンズシリーズEの36~72mmを選んだ。
カッコ良さといえば、35~70でないところもシビれた。5で割り切れる数字だと硬いゲルマン的な気がするが、そうでなくむしろ6の倍数である数字だと柔軟なラテン的気分が漂う。念願の2倍ズームであった。
Eの意味がeasyなのかeconomyなのか江戸家猫八なのか、それは今でもわからない。
FGが出る前のEM用のレンズだったが、むしろFGにドはまりのデザインだった。鏡筒が今のレンズのような樹脂でなく金属であり、文字も印刷でなく彫り込まれているので結構な高級感もあった。
首からぶら下げていると本当にたくさんの知らない人から「かっこいいですね。」と言われた。あいにくぶら下げている私自身に「かっこいいですね。」と言ってくるひとはいなかった。
こうして私は念願のマルチ感を満足させ、標準ズームありきの人生を歩み始めた。
なお、同時にニコンのTTL対応スピードライトSB-15まで買ったものだから、私は2ヶ月間の昼食を学食の140円カレーライスだけを食べてしのいだ。
正直、これでは頭の回転がわるくなるのが自分でわかったので2ヶ月でそういう無理はやめた。
◆良かったところ
画質。
このレンズは、周りの人が使っていた標準ズームと較べても良く写るレンズだったと思っている。特に広角側、といっても36mmだけど、その歪曲はまあまあ補正されていた。
また、この小ささでF3.5というのは今の私であったら明るさ的になにかムリしてるのかと勘ぐるが、記憶としては周辺光量が開放でドンと落ちるということはなかった。
もちろん、今のレンズと比べたら解像力や周辺の流れは劣っていたに違いないが、なにせネガフィルムで撮ってL判にプリントすることしかしないので十分満足であった。
フジカラー、コダカラー、サクラカラー、そしてAGFAのフィルムの差もわかるのでレンズの色バランス自体はニュートラルだったのだろう。
私はサクラカラーの百年プリントというのをその中で良く使っていた。フィルム代とプリント代が富士フィルムより少しお安かったのである。
F3.5の明るさ。
ボケが稼げるという今風の意味とは全く違って操作性に直結する部分でこれだけの明るさを確保できていたのは嬉しかった。
というのは、当時のマニュアルフォーカスを合わせるためのスプリットプリズムは暗くなるほど陰りができて合わせるのに一苦労する、というのを私は友人のシグマズームレンズで知っていた。
F3.5でも少し陰りが出るときもあったが、ほとんどのシチュエーションでまともなピントあわせができる明るさであった。これがズーム画角通して一定なのである。
あとは手の動き。
ズームするときに鏡筒を前後にギュギューンとするのは楽しい。ファインダーの中の視野がギュギューンと変わるのも楽しいが、獲物を狙う狙撃手のような気分(ゴルゴ13感)をこの手の動きは想起させたのである。
今まで狙撃手になったことはないけど、多分そう。ただ、少し残念なのは、意識としては伸ばせば望遠になると思うが、この頃のズームの中には 伸ばせば逆に広角になる というものが混在していて、36~72mmはこのタイプであった。
まあ、でもギュギューンが楽しいから仕方ない。それに、直進式ズームだと構えている手にとって重心移動を気にせずに保持できるという利点もあった。
◆妥協したところ
どんなモノでも使い始めると、まあいっか、と気づく所が見つかるものである。このレンズの場合は、その一つが歪曲だった。
え、さっき褒めてたのに、であるが、この歪曲の問題は当時の標準ズーム全体が共有していたことなので特に36~72mmを責めているわけではない。そして、普通に景色を撮っている時には気にならない。
どういう時に気になるかというと、近くから遠くまで続く連続体を画面の中に納める時であった。そんな連続体というと限られる。超高層ビルとか東京タワーである。
広角を持つ者の儀式として東京タワーは欠かせない。その先端がグニュリとしていてシャキッとしない。そこまでの高さのないタワーをとってもグニャリとしていた。
のちに、2000年頃、コンタックスのariaに28~70mmのズームをつけてスペインのサグラダファミリアを同じような俯角で撮影したことがある。
シャキッとしていた。時間がもたらす進歩ということなのだろう。
もう一つはF3.5の明るさ。
これもさっき褒めていたのだが、あと2段は明るいと良いと感じた。今の時代のズームにとっても滅茶苦茶ムリな注文である。
機能的に欲しいということではなかった。ISO400のフィルムが常用感度としても認められ始めた時期なので、場合によってはフィルムを使い分けることで対処できた。
何が気になったかというと、f1.4の50mmをずっと使ってきたので 2.8とか2とかの数字が無い というのが感覚的に落ち着かなかった。それだけである。そして、これは理性的な大人であれば抑制できる類のことである。
◆最短撮影距離
このレンズの中で使いづらさを意識させたのが、最短距離だった。1.2m。
12cmではない。120cmである。
そこそこの写りとか、小型であるとか、他の利点とこのネガな部分を天秤にかけて購入したつもりだったが、想像以上に120cm以内で撮影するものが多かった。
特に飼い猫。名をタケといった。
動いている所を撮るというのは自分の腕からしてムリだったので、スーピーと寝ている顔を間近で撮ろうという時にいつもクローズアップレンズをフィルタ枠に付けたり外したりしていた。
このクローズアップレンズを常に携行し、のみならず割とそれを頻繁に使うという状況。これは、ズーム一発何でも来い というモードよりも場面に応じて単焦点レンズを付け替える儀式に行為としては近い。
マルチであったはずなのに、あれ、何かおかしい。
この頃のレンズには、新たな機能性が加わる替わりに最短撮影距離が密かに犠牲になっていることが多かった気がする。でも、飼い猫のタケにかぎらず、近くにこそ撮りたいものがあるのであった。
◆そして単焦点へ
私はこのズームを機にレンズシリーズEの100mmと35mmの2つを買い、そしてNikkor AI-Sの50mmf1.4も手に入れた。 そして次第に36-72mmを使わなくなっていった。
もし、最短撮影距離がせめて半分、60cmであったならばとの思いがそこには常にあった。
だが、そうして単焦点を使うようになるのと同時に、左手に覚えたズームをギュギューンと引き伸ばしたり引き寄せたりするあの感覚。
感覚というか快感。
それは、次の標準ズームを購入する動機となって2年後を迎えた。
おしまい。 22年9月11日