標準ズームのお話(3)オートフォーカスが来た
◆ご献呈差し上げたマニュアルズーム
カラーネガの現像とL判プリントにおいて、世界最強タッグともいえる関係を築いてきた二人(プリント屋さんのオヤジと私)であったが別れは突然訪れた。
就職して北関東の工場町に移ることになったのだ。
当地でももちろんプリント屋さんはあったが、なかなか思うようには仕上がらない。色が浅いのであった。濃いめにお願いといってもそれでも浅い。そんなこんなで、仕上がりが思うようでないとだんだんと写真そのものへの興味も薄れていった。
さらに、追い打ちをかけるようにニコンFG付けっぱなしだった標準ズーム35~105mmを、ある事情から手放す事態が発生する。発生するというか、自分がそうしただけなのだが。
就職した会社ではひと月のうちに1週間ほど、とある製品の開発試験の様子を記録撮影するためにカメラを使い回す機会があった。そのカメラがニコンのF3だった。
私もFGを使っていたからF3の操作にはすぐなれたが、驚いたのはそこでのカメラの扱いである。とにかく雑、乱暴。
ニコンF3といったら、触るのも憚れる超高級機というイメージを持っていた私の眼の前で先輩諸氏はバキン、ガコ、ゴーンという感じでレンガか石かを持っているように手荒に扱うのであった。
さらに驚いたのは、そうして当然傷だらけではあるもののF3は動くのである。
なるほど、これが本当のカメラというものかとわかった。そして、すぐさま私もそのマネをし始めた。そうすることで、少しでも先輩方に仲間として認められたいという姑息な気持ちもあったかもしれない。オリャ、ジー、チャ、ジー、チャ。
グワシャーン。限度を知らずに振り回すように雑に使っていたものだから、とうとうF3を硬い地べたに落下させてしまった。
そんな中でもF3は壊れること無くフツウに作動したのだが、レンズの方がバリバリに割れてしまった。これは焦った。と同時に一つのゴマカシ案が浮かんだ。
私の私物のレンズとコソッと交換するのである。そう、割れたレンズはニコンのズーム35~105mm、私のモノと同じであった。しかも、夜遅く一人で撮影していたのでまわりには誰もいなかった。
次の日の朝、誰よりも早く出社した私はあまり使うことの無くなった私物レンズを取り出すと、F3に合体させ、割れた方は茶色の紙袋に収めて寮へと持ち帰りゴミ捨て場の不燃物置き場にそっと置いた。
やがて、またF3を仕事で使う機会が訪れても、先輩諸氏誰一人としてレンズが交換されていることに気付いた方はおられなかった。作戦成功。
しかし、私の手元にはとうとう50mmf1.4しか残ってない状況となり、ますます写真から気分が遠のいた時期であった。
今にして思う。正直にレンズを割ってしまったことを言えば
「こいつう。しょーがないねえ。 じゃあ、経費で買おう。消耗品だから仕方ないよな。」とニコニコしながら上司に足を踏まれつつ慰めてもらったことと思う。自分の私物をご献呈さしあげる必要はなかったことだろう。
しかし、レンズを割ってしまったことに気が動転していた私はそこまで考える余裕もなかった。結果として自分のFGにつくレンズは50mm一つになってしまった。
時はミノルタのα7000を皮切りにキャノンが新設計のEFマウントを起こしてEOS攻勢をかけていたAF黎明期。ではあるのだが、地場のプリント屋とのコラボ不発、愛用ズームレンズのご献呈、ひいきのnikonからは魅力あるAF機が出ていない などの諸条件が重なり、私の関心は別のところに向いていた。車の運転とか一日中寝てボーッと過ごすとか、まあそんな普通の青年らしいことである。
◆宝くじが当たる
7万円の宝くじが当たったのはそんな時だった。
なーんとなく当たるのではないか、という気がして連番で買ったら本当に当たった。
年末ジャンボの名に恥じなく、その当時の私にとっては非常にジャンボな7万円だった。
むひょ、何を買おう!と思った時にふと頭に浮かんだのが
「そうだ、オートフォーカスを買おう!」であった。
キャノンEOS1000。 一番下っ端のEOSでありながらFGにはないものがついていた。当たり前だが自動焦点。それに、自動巻き上げ。ファインダー内の絞り表示。シャッター速度優先AE。そして、オートフォーカス対応の標準ズーム35~80mm。
全身がプラスチックのカメラの割には余計なものがついてなく整理されたデザインだったからかそれほど安っぽい感じはしなかった。剛性感とか強度とかとは無縁な方向の製品であったが、意外にボディが大きかったせいもあるかもしれない。
◆35~80mmズーム
こうして最初に使ったオートフォーカスのレンズが35~80mmのズームとなった。
まず、最初に思ったのはこれではマニュアルフォーカスは出来ない、ということだった。もちろん、ピントリングがあるので物理的にはできるのだが、スカスカのガタガタなのでピントの微調整は全くもってできなかった。AFでレンズを駆動することだけのためのピント機構であったのは確かだ。とはいっても、どうしても無限遠にあわせたいときにできる、これで十分であった。
近距離も確か40cm以下には寄れたし、何よりもオートフォーカスで開放F値がf4なので手ブレにさえ気をつければ大抵のものはシャープにおさめることができた。シャープといっても、nikonの50mmf1.4の絞りf5.6で決めたときの線の細いカリっとした感じは出ない。目に見えたとおりに写る程度のことである。
ポジフィルムでとれば色もキレイに出るし、スカスカガタガタであることよりもオートフォーカスの手軽さの方に嬉しさを感じていた私にとっては十分なレンズであった。
そして、それまでのレンズに比べて一番うれしかったのはピント合わせのプリズムが消えたことだった。というのは、開放絞りがf4,80mm側ではf5.6だったからプリズムのピント合わせだったら絶対に陰る。その陰りがなくピントをそれも自動で合わすことができる。
そうして、再びカメラオタクへの正道に無事復帰することができた私はまたポチポチと写真を撮り始めていった。大事なネガを現像プリントするときには、買ったばかりの軽のボンバンに乗って高速は高いから下道を通って東京まで行くなんてことをしていた。
ところで35~80mmという表記ではあるが、使った感じは広角側も望遠側ももう少しレンジが狭いのではと感じていた。37~75mmみたいな印象である。
なので、1年も過ぎないうちに同じEFマウントの35~135mmに買い替えた。
これはキャノンらしいというか、シャープ感が無くても色は暖色系でしっかり出るというレンズであった。マウントもプラスチックではなく金属製ではあったが、どうもこのシャープ感のなさは自分を見るような気がしたせいかあまり好きになれなかった。
◆28~105mmズーム
そして、キャノンは続くどこまでも であるのだが3番めとして手に入れたズームが28~105mmだった。
この鏡筒は2段で伸びる構造をしており、そのために広角側にしたときにはかなりコンパクトな形態をしていた。まず、このコンパクトさに惹かれた。コイツを、買い替えたばかりのEOS100(ELAN)につけると滅茶苦茶にカッコインテグラでクラクラした。
2段であるということはそれだけ鏡筒の構造にもガタが増えやすいということになろうかと思うが、果たしてこのレンズもソコソコのガタガタというかカタカタぶりを示していた。
カメラ保持としてレンズ先端をもつとファインダ像が上下にガクッと動くのである。これは光学系のズレ幅が大きいことと等価なのではないか?と精神衛生上良くない。
しかしながら、いざ写った写真をみるとキャノンなのに結構シャープであった。先に買った2つのEFズームよりは明らかにシャープ。
私は28mmはあまり好きではなく、40mm近辺で撮ることが多かったがこの一本さえあれば撮りたいものはほとんど撮ることができ、結果にも満足できた。EOS100というカメラの使いやすさとあいまって、このセットは5年くらいメインで使い倒した。
おしまい。 22年10月6日。